目 次  年 譜

 八王子の名僧 卜山(ぼくざん)

編集委員  足利正哲、清水智勝、土井俊玄、松岡芳朗、松岡陽子、宮下純

出版社 卜山講    全194頁 A5サイズ 2000円

目 次
一、はじめに  松岡芳朗  8頁
一、卜山大和尚の詩心・禅心  宮下純  11頁
  コラム一
一、『卜山大和尚行実』 北巌寅嘯述  訳 宮下純  39頁
  コラム二
一、卜山大和尚『遺誡』  訳 宮下純  75頁
  コラム三 一、仏国普照禅師・卜山大和尚の生涯  年譜  宮下純  97頁
一、あとがき  足利正哲  120頁
  コラム 土井俊玄
 

年 譜
西暦   
1507 永正4年 1歳 誕生 多摩群奈良原邑農族
1519      13歳 出家 八王子山田の広園寺
1523 大永3年 17歳 参学の旅出立。塩山を経て、京都の禅院大刹で勉強する。
1532 天文元年 26歳 安来、博多の禅林にて修行
1539   8年 33歳 永平寺安居
1540   9年 34歳 全久院、石雲院に行脚
1541   10年 35歳 18年に亘る参学の旅終わる
1544   13年 38歳 心源院玉田在鱗師の下、修行に入る(8ヶ年)
1551   20年 45歳 山中逗留6ヶ年(牛頭山龍淵峯)
1556 弘治2年 50歳 心源院に戻る
1557   3年 51歳 心源院監院となる この頃、北条氏照公、卜山師の下に入門
1566 永禄9年 60歳 牛頭山神護寺、禅院として復興。晋山式挙行。卜山師開山、第一世となる
1568   11年 62歳 北条氏康公、相陽城(小田原城)中にて卜山師から大戒を受ける。
      正親町天皇は卜山師に紫衣ならびに「仏国普照禅師」の号を賜れた。
1569   12年 63歳 天皇は再び慰問を降し、「宗関神護寺」扁額を賜れた
1573 天正元年 67歳 卜山師、宗関寺神護住職を辞し、心源院に昇住する(六世)。
      以後、17年間止住し、寺院の興隆に務め、中興の祖と称えられる。
1580   8年 74歳 雲龍寺開山(八木町・現山田町)
1581   9年 75歳 心源院冬結制。参禅者1250人。
1589   17年 83歳 8月、石雲院輪住
1590   18年 84歳 1月八王子に戻る。6月23日八王子城落城。宗関寺焼失。
      7月小田原(相陽)城落城。北条氏照刀卒。卜山師、この時より「無方行業」。
      小津山中に隠棲。小津の地にて、宝珠寺開山。
      以後、35年間、「東西無方、所至之処、随縁化導」。
      この間、牛頭弘宗(拈向一壁・ねんこういっぺき)の布教に務める。
1591   19年 85歳 宗関寺再建。鎌倉建長寺天叟禅師来訪。旧交温める。
      秋、暉窓寺開山(小比企)。11月、徳川家康公より寄進あり。
1592 文禄元年 86歳 興岳寺開山(千人町)。
1593   2年 87歳 雲龍寺閑居
1597 慶長2年 91歳 宗関寺に戻る。天満宮宮司の来訪。良泉寺開山(上恩方)。
      90歳を過ぎ霊蹟探しの日々続く。
1600   5年 94歳 野州(群馬、栃木)遊行。
1601   6年 95歳 總州(結城方面)遊行。
1602   7年 96歳 相州(鎌倉)、豆州(修善寺)に遊行。
      この時より以降、高齢のため八王子の外には出ない。
1603   8年 97歳 広園寺寄寓。守法老師寂巌法和尚の五〇回恩忌法要執行。
1605   10年 99歳 秋、牛頭山帰還。
1616 元和2年 110歳 信松院開山(台町)。
1618   4年 112歳 心源院にて玉田在鱗師の三十三回忌法要。夏安居。
1620   6年 114歳 二代将軍秀忠公、聞法のため師を江戸城に招聘。しかし師は辞退。
1622   8年 116歳 信松院で夏安居。
1624 寛永元年 118歳 春3月、宗関寺瑞聖室に落ち着く。35年間の「無方行業」を終える。
1625   2年 119歳 夏、千七百字を超える漢文の「遺誡」を手書する。
1626   3年 120歳 9月、信松禅山薫説侍者に最後の教導。10月26日示寂。
 以上 『 八王子の名僧 卜山 』 より
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